Vol.3 自由時間 ニュージーランド・マオリの伝統工芸ボーンカービング |
先住民族マオリの伝統工芸ボーンカービングを自分で作ってみたくなり、そのために作業工具一式を買い揃えてしまった飯塚瑞穂さん。オークランドの各種イベントにも必ず参加しているというが本業は学生。現在、ツーリズムを学んでいる。彼女のニュージーランドの生活すべてを楽しもうとする旺盛な好奇心は留まるところをしらない。
「今、『オークランドを楽しくすごそう会』というグループの会長をしてるんですが、入会しませんか?」 あいさつが終わると同時に瑞穂さんはそう話しかけてきた。彼女がニュージーランドに来たのは2000年の6月のこと。ワーキングホリデービザを取得後、オークランドへ。語学学校に通いビザが切れるとスチューデントに切り替え、今度はツーリズムのコースに入った。
「といっても、私が会長で、もう1人が副会長。たった2人の会なんですけどね。それで、どんな活動をしているかと言いますと、第一に、平日、休日に関わらず、オークランドで行われるイベントにはできる限り参加するということ。そして次にオークランドの山という山を登り尽くすこと。この2つを目標に活動しているんです。楽しまないと損ですよ。 イベントを通して楽しむオークランドは日常のそれに比べれば10倍はおもしろいという。International Culture Festival では前日に降った大雨のため、当日は催行中止。それでも会場に出かけてみると数人のインド人ダンサーが踊っていたので、自分も参加。Christmas in the parkでは最終バスの中でコンタクトレンズを落とす。終点まで乗り見知らぬ土地に着いてしまうが、運転手に事情を話すと一緒になって探してくれた。結局、コンタクトレンズは見つからなかったが、優しい運転手はそのバスで、瑞穂さんをフラットの目の前まで送ってくれた。 「ボーンカービングも同じなんです。オークランドの生活を楽しむということの延長線上にあるんです。街を歩いていて色々なお店にディスプレイしてあるボーンカービングはずっと気になっていたんです。日本に帰るときのお土産はこれにしようと思っていましたから。でも納得のいくモノがありませんでした。あったとしても高額であったりして、なかなか私の予算と、求める質が一致するものが見つけられませんでした。そう思っているときにボーンカービングを作っている日本人を紹介してもらったのです。その人は日本では大工をしていた人で、これはチャンスだと思って早速、教えを請いに行きました。その人の大きな魅力の一つには工具をすべて持っているということも当然含まれていました。残念なことにその師匠とも呼べる人はニュージーランドにはもういません。私が初めての作品を仕上げると同時に帰国してしまいました」 ボーンカービングを自作する場合、肉屋に骨をもらいに行くところから始まる。牛のスネを使用するのだが、その部分から、髄があり、油分を多く含んでいる関節部分を取り除いてもらう。それをフラットに持ち帰り、みんなが寝静まる夜中まで待ち、作業に入る。
「最初に鍋で骨をゆでます。骨の髄を出してしまうんですよ。残っているとその油分が出来上がったときに汚れになって残ってしまうからです。その作業は、なんだか魔法使いのお婆さんが釜で怪しげなものを煮込んでるみたいでしょ、だからみんなに見つからないように、夜中にやるんです。何度も何度も水を替えて5、6 時間はゆでます。そうするとちょうど夜が明けるので、その日の作業は終わりです。 しっかりと時間をかけて、骨の準備をすることはとても大切なことだと瑞穂さんは言う。綺麗な骨を手にしていることは、どの工程においても、制作のモチベーションとなるからだ。 「私はボーンカービングで大好きな工程が2つあります。1つはデザインをする時。ボーンカービングはマオリの人たちの工芸で、その形には意味があります。釣ばり型であれば幸運、繁栄とか、渦巻き型であれば誕生と成長とか。ただ、私がデザインするときにはあまりそれにとらわれないようにしています。まだ始めたばかりですから好きな形を作っています。街を歩いていると色々なものが気になります。そういった気になるものから発想をもらって自分の好みの形を紙に描いていくことが、楽しみの1つなんです」 瑞穂さんの好きな工程のもう1つはヤスリがけ。この工程に入ると食事をするもの忘れてしまうくらいに没頭してしまう。 「何も考えずに、無心でヤスリをかけていると贅沢に時間を使っているような気になるのです。また、少しずつ滑らかになっていく骨は、達成感を目と指で感じることができます。なにより作品に作者の思いが込められるのがこの時間なのです」
これまで作った作品はわずか数点。今まではほんの手慣らしだという。これからはテーマを決めて作ることにも挑戦していきたい、そのためにはもっともっと発想の源となる刺激がほしい。小さなことを見逃さなければオークランドには不思議なこと、楽しいこと、日本ではありえないことがいっぱいあると瑞穂さんは言う。彼女にとってこの街はおもちゃ箱のようなものなのかもしれない。 |