ガラスアート:Marie Simberg-Hoglund さん
ニュージーランドで極めるガラスアートの最先端
ニュージーランドのガラス器ブランドが世界から注目されている事は日本ではまだまだ知る人は少ない。そのガラス器を作るのはもともとスウェーデンからの移民夫婦で、スウェーデンの伝統的ガラス製作技術とニュージーランドに息づく自然のイメージを融合させたところが世界中の他のガラス器と違うところだ。世界中の著名人にコレクターやファンを持ち、世界中の有名博物館や美術館に作品が所蔵され、さらに世界中で展覧会も開かれるほどの注目度なのだ。
ニュージーランドに工房を構えてから20年が過ぎ、最後の10年間に飛躍的に有名になった。その秘密は世界に何人もいないといわれる「マスター」の技術を持つ職人によるガラス器の素晴らしさはもちろんのこと、作品を売り出すマーケティング手法も見逃す事が出来ない。クリエイティブ性やこだわりが全てに優先する技術職人の会社を脱却し、数字で結果を語る海外の有名ファッション・ブランドのマーケティングを手本にするような企業体としての経営努力が至る所でかいま見られる。
Marie Simberg-Hoglund
Glass Artist, Designer, Glass Engraver & Painter
マリー・シンベルグ・ホグランド
ガラスアーティスト、デザイナー、ガラス彫刻士、ペインター
スウェーデンのゴーセンブルグ出身。もともとは布地のデザインをするテキスタイル・デザイナー。夫のガラス職人、オラ・ホグランドと二人三脚でアートガラス器を作り続けるうえに、総勢30人のスタッフを統括する、マーケティングの総責任者。現在ギャラリーはニュージーランド国内にはオークランド、ネルソン、ウェリントンに、オーストラリアではシドニー、メルボルンに、その他デュバイとシンガポールに計7軒オープンしている。
ネルソンで始めたガラス器製作
ニュージーランドを代表するブランドになったガラス器
歌手エルトン・ジョン、前アメリカ大統領ビル・クリントン、歌手オリビア・ニュートン・ジョン、元ボクシングヘビー級チャンピオンモハマド・アリ。プライベートコレクションとして持っている人。
タスマニア博物館・ギャラリー、オークランド博物館、ネルソン・ポリテクニック、シドニーのパワーハウス博物館、デンマークのエベルトフト・ガラス美術館。パブリックコレクションとして展示している場所。
ウェリントン、ギスボーン、クライストチャーチ、ダニーデン、ミュンヘン、シカゴ、ニューヨーク、バリ、シンガポール、メルボルン、シドニー、パース、そして金沢。展覧会を行った場所。
私と夫のオラは共にスウェーデンのガラス器ブランド、コスタ・ボダとオレフォスで修行し、1978年から81年までスウェーデン政府の派遣でアフリカのスワジランドに行き、ガラス器の手作り技術を指導していました。その後、オーストラリアへ行ったり、スウェーデンに戻ったりした後、1982年にニュージーランドに来て、芸術家が多いと言う噂とニュージーランドで最も日照時間が長いと言われる気候の良さを聞き付けて、ネルソンにやってきました。初めは、街中にあるクラフトセンターの一角に工房を開き、二人でガラス器の製作を始めました。
その後、84年に会社を設立し、93年にネルソンのリッチモンド地区から車で5分ほど離れた現在の場所に工房とギャラリーをオープンしました。2002年に工房を拡大し、それと同時に「ホグランド・アートグラス・インターナショナル・グラス・センター」と名付け、ギャラリー、ガラスの博物館、ショップを併設しました。工房ではオラが中心となって担当するガラス器の製作行程を見学でき、ガラス吹きやビーズ作りの体験もできます。今ではネルソンの観光スポットにもなり、地元の旅行会社がツアーを組んでいます。
世界でも数少ない「マスター」
ガラス職人になるのは運命だった。
夫のオラはガラスとデザインに関心の高いアーティストの家族に生まれました。オラの母はセラミック・アーティスト、父は21歳でガラスデザイナーになり、スウェーデンではガラスアートの第一人者でした。ホグランド家はスウェーデンでは現代ガラス工芸の代名詞とも言われました。そんな環境に育ったオラは必然的に将来はガラスアーティストになると思っていたそうです。12歳の時に父親の工房で働く年配の職人さんに修行させて欲しいと頼み、床を磨き、バケツを満たす水を運び、お使いにも行き、16歳で弟子入りし、以後6年間修行を積みました。その後、3年間のアフリカでの手作りガラス器の指導を行った訳です。
オラは良く口癖のように言います。「ガラス職人はミュージシャンのようだ」と。毎日が練習の繰り返しだからです。毎日作品を作る度に次は前回よりもいい物を作ろうと思い、満足いかない作品はもう一度やり直さねばならないと思う様です。ガラスは技術的に加工が大変ですが、素材としてのガラスを知るようになればなるほど、ガラスをどのように扱えばその美しさを最も引き出せるかが分かってきます。ガラスに人間の息を吹き込む事により、命を宿すかのように感じられてきます。完璧な形ときれいなラインを作る事が今最も興味ある事だとオラは言います。また、シンプルであればあるほど難しいのです。
最近は「グラール」と言う技術を使った作品に力を入れています。透明なガラスの間に何層もの鮮やかな色や装飾が浮かんでいるように見える仕上がりになります。その行程はオラが卵よりも小さい透明な球を作ります。その外側を熱い色のついたガラスでカバーし、数日後冷えたら、私が表層に装飾となる切り込みを入れます。オラが再びパイプに付けて熱し、その外側を透明なガラスで覆います。5層までこの行程を繰り返す事ができます。最後にオラが形を整えて出来上がります。この行程の最中に空気の玉が入り、個性のある一品ものができます。「グラール」で一つの作品を作るのに約40時間かかります。
コールドワーク
ガラスを吹いて形を作るだけがガラスアーティストではない。
私はもともと布地をデザインするテキスタルデザイナーでした。祖母から織物を習い、織物に興味もあったのですが、スウェーデンではガラス工芸が盛んでしたので、自然とガラスアートに興味が湧き、ガラス学校で学びました。そこではコールドワークと言う、熱くなったガラスに形をつけた後の冷たくなったガラスに加工を施す、色付け、切り込み入れ、彫り込みなどを学びました。これらもガラス器製作行程の重要なパートを占めています。私はガラスと言う素材が大変好きなのです。と言うのは、ガラスはアートを表現する素材の中でも特殊だからです。熱いギラギラした液体から、冷たく固くなるまで姿を変えるからです。さらに、透明で氷のように透けるかと思えば、光を通さず不透明にも変化します。
私の担当するのはスウェーデンで学んだ技術にニュージーランドの自然の美と素朴さから受けたインスピレーション、例えば、暖かい色、微妙な光、流れるような景観や森の持つ緑の輝きに代表される地球の秘めた力をブレンドする事です。スウェーデンの伝統とニュージーランドの直感。このコントラストが我々の持ち味だと思っています。
オラと仕事を一緒にすると、彼の職人芸に刺激を受け、それでアイデアが湧いてきます。最近ではレインフォーレストをイメージしたコレクションを発表しました。木材の大量伐採や開発などで地球上のレインフォーレストは次々と減少しています。かつては地球の陸地の50%がレインフォーレストだったのですが、現在の陸地にはたった5%しかレインフォーレストが存在しないのです。レインフォーレストをイメージするきっかけになったのはニュージーランドに住んでいたからこそなのです。レインフォーレストと言うと一般的には熱帯雨林を指します。しかし、ニュージーランドは熱帯ではないのにも関わらず、レインフォーレストが存在する大変珍しい国なのです。このデリケートで、か弱い地球環境を理解し、それらを次の世代に残す意識を喚起するきっかけになればと思ってレインフォーレスト・コレクションをイメージしました。
2002年にオーストラリアの北クイーンズランドの熱帯雨林に「ジャングル・スタジオ」を作りました。ここはデインツリー国立公園の隣にあり、私とオラがニュージーランドでの日常業務から離れて製作とデザインに集中できる環境を作る目的でオープンしました。このスタジオもレインフォーレスト・コレクションを作るきっかけになったと言ってもいいでしょう。
企業努力
職人工房を脱して、企業体として実務面に力を注ぐ。
話題作りは大切です。2000年、2003年のオークランドで行われたアメリカズ・カップで公式アートグラスのライセンスを取りました。ガラスアート作品と世界最高レベルのヨットイベントが融合する事で、世界中での露出が増えました。さらに2000年にはシドニーオリンピックを記念した「Athletes in Motion」で人間の力強さと敏捷性をイメージした作品を発表しました。これらのイベントに参加した事でホグランド・アート・グラスが一躍知られるようになりました。2008年の北京オリンピックでも何らかの形で関わりたいと考えています。
2002年にはニュージーランド・ポストとロイヤル・スウェーデン・ポストが共同して「Art meets Craft」のテーマで切手の発行を行いました。2種類の切手シートが両方の国で発売され、その中にはグラールの技術で作ったレインフォーレストの花瓶が含まれています。
さらに、保険会社と銀行のテレビコマーシャルでも私達の作品が使われています。透明なガラスの中に鮮やかな色が施してある縦型や横長の花瓶がそうです。
ギャラリーに展示してある作品はタックスフリーで世界各国に発送可能です。もちろん保険もついていますので、万一破損の際には保証されます。とは言ってもネルソンの工房にはパッキングの専門スタッフが一人おり、どの作品はどうパッキングしたらいいのかを10年以上担当していますので、今まで破損の報告はほとんどありません。小さな作品でもふた廻り以上大きな箱に入れたり、一点ものの大きな作品は契約業者に専用ボックスを作ってもらったりします。中に詰めるのはシュレッダーで細かく切った紙切れで、固く握ってぎゅうぎゅうに詰めると非常にいいクッションになるのです。単に新聞を詰めるよりも破損の確立がぐっと減ります。
私達の目標はガラス工芸の最先端を行く事です。未来に継承される技術を確立する事、ガラス工芸を評価する基準になる作品を生み出すこと、新しいアイデアを追求する事を念頭においています。